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東京高等裁判所 昭和58年(く)314号 決定

少年 S・O(昭三九・二・二一生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年作成名義の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

少年の申立ては、要するに、原決定は、本件非行が一回の無免許運転に過ぎないこと、あるいは少年が多額の借金の返済や病弱な母親の世話をしなければならないことなどを十分考慮していないと批難するものであつて、結局、処分の著しい不当を主張するものである。

そこで、記録を調査して検討すると、なるほど本件非行が一回の無免許運転の事案に過ぎないことは、少年の言うとおりである。しかし、少年事件においては、非行の回数や軽重より、その非行を通じてあらわれている少年の様々な問題点(要保護性あるいは非行性とも言う。)をどのようにして解消するかといつたことの方が大切であつて、単なる一回の無免許運転であつても、その背後にひそむ少年の問題点が大きければ、それを解消するために、中等少年院に送致する旨の処分がなされることも当然あり得るのである。

そこで、本件における少年の問題点を検討してみると、少年は、既に、昭和五四年四月友人とオートバイを盗んで当時入所していた国府実修学校を飛び出し、遊び回るうちに普通乗用自動車を盗んだことがあり(この事件は同年一一月一九日審判不開始となる。)、同五五年一二月には、自ら購入した普通乗用自動車で家出し、これを無免許運転した際警察官の取締りを逃れようとして人身事故を起こし、併せて報告、救護義務を果たさなかつたという事件(道路交通法違反、業務上過失傷害)により、中等少年院(静岡少年院・一般短期)に送致されているのである。しかも、少年は、同五六年五月同少年院を仮退院した直後に自動二輪車を無免許運転し、その際の事故によつて負傷したことを理由に仕事に就かず、ようやく建設会社に就職したものの、同年八月二九日には、窃取した原動機付自転車の無免許運転の発覚を恐れ、警察官にヘルメットを投げつけて傷害を負わせるという事件(公務執行防害、傷害)を引き起こして、同年一〇月一日再び中等少年院(茨城農芸学院)に送致されている。その後、少年は、同学院を同五七年七月二〇日に仮退院し、以来保護観察の下にあつたのであるが、暴走族との交遊が止まず、勤務も怠けがちであり、二度にわたつて普通乗用自動車を購入し(一回目に購入した車両は、保護司の注意により処分している。)、その無免許運転により検察官送致の処分を受けて罰金刑を受けながら(同年一二月七日確定)、なお自動車の運転を止めず、本件に及んでいるのである。

少年が、このように自動車、原動機付自転車などの運転に関する非行を繰り返してきた主な原因としては、少年の内省力の弱さ、無免許運転に対する罪悪感の乏しさ、母親との不安定な関係などが考えられるが、これらは、右のような少年の非行歴及び処分歴に照らすと、現在において多少変化のきざしは見られるにしても、なお相当根深いものがあり、このままでは、少年の再非行のおそれは極めて高いと認められる。従つて、今回表面にあらわれた非行は一回の無免許運転に過ぎないにしても、原裁判所が、その背後にある、右のような問題点の深さに注目し、その解消を少年院における矯正教育に期待したのは相当であつて、これが誤りと言えないことは明らかである(ちなみに、少年は今回罰金刑にして欲しいとも言うが、本件を検察官に送致した場合、少年の年令、前科、前歴からして、従前と異なり懲役刑が科せられる可能性もあるのである。)。なお、従来のような不安定な生活を続ける限り、少年の願う借金の返済などとうてい実行不可能であり、これを果たすためには何より少年が安定した職業生活を続けることが必要となるが、それには少年の勤労意欲(少年は、茨城農芸学院を仮退院後、断続的ではあるものの同一の職場に勤務を続けており、従前に比較してその就労態度にやや変化が見られる。)を、少年院における適切な職業教育によつて、さらに強固なものとするのが相当と言うべきであり、従つて、右借金返済の必要などの事由は、少年院送致を阻む理由とはなり得ないものである。

以上のとおり、少年の健全な育成のために、少年を中等少年院に送致した原決定に誤りがあるとは言えず、少年の本件申立ては採用することができない。

そこで、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条により、本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 草場良八 裁判官 半谷恭一 須藤繁)

抗告申立書〈省略〉

〔参照〕原審(横浜家小田原支昭五八(少)七三七七号 昭五八・一〇・二〇決定)

主文

少年を中等少年院に送致する。

当庁が少年に対してなした昭和五六年一〇月一日付中等少年院送致決定を取り消す。

理由

(非行事実)

司法警察員作成の昭和五八年九月二七日付少年事件送致書記載の犯罪事実のとおりであるから、ここにこれを引用(編略)する。

(法令の適用)

道路交通法一一八条一項一号、六四条

(処遇の理由)

本件一件記録によれば、少年は、昭和五五年一二月五日当庁において業務上過失傷害、道路交通法違反保護事件(警察官に免許証の呈示を求められたが、普通車の無免許運転の発覚を恐れて逃走中人身事故を起こしたもの)で中等少年院送致(一般短期)決定を受けたこと、昭和五六年五月六日静岡少年院を仮退院したが、同年五月二〇日に自動二輪車を無免許運転して事故を起こし自招傷害で入院し(この事件は同年一一月一七日当庁において審判不開始となる。)、同年八月一三日に普通乗用車の無免許運転をした(この事件は同年一一月二日当庁において検察官送致となり、罰金三万円の言渡をうける。)こと、さらに昭和五六年八月二九日に原動機付自転車の無免許運転をしてその発覚を恐れて逃亡し、警察官に発見されるやこれに暴行を加えて傷害を負わせたが、右公務執行妨害、傷害保護事件で同年一〇月一日当庁において中等少年院送致決定を受けたこと、昭和五七年七月二〇日茨城農芸学院を仮退院したが、それにもかかわらず同年八月三一日普通乗用車を無免許運転して警察官に停止を求められるや逃走し、右道路交通法違反保護事件で同年一〇月二六日検察官送致となり(罰金五万五〇〇〇円)、その後も無免許運転を反復し、昭和五八年二月中旬には普通乗用車を購入して乗りまわし、保護観察官の指導に従つて同年五月に右車を処分したものの、まもなく友人の車を乗りまわして無免許運転をし、同年八月上旬には再び普通乗用車を購入して無免許運転を続け、本件非行に至つたことが認められる。

このような少年の非行歴、特に無免許運転の常習性、保護処分歴等を考慮すると、少年には、規範意識や内省力の薄弱さが窺われ、再度中等少年院に送致して矯正教育を受けさせる必要があると認めた。

よつて、主文第一項につき、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条三項、主文第二項につき、少年法二七条二項をそれぞれ適用し、主文のとおり決定する。

裁判官 高橋隆

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